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大阪高等裁判所 昭和35年(う)244号 判決

被告人 奥村藤吉 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審の訴訟費用中証人刀禰館辰郎に対し支給した分は被告人らの連帯負担、その余は被告人奥村の単独負担とする。

理由

所論はまず、本件のいわゆる過振による当座貸越は、三井銀行河原町支店次長である被告人奥村藤吉により、同銀行のために被告人岡田篤信に対する貸越金の回収を期し、同被告人の専務取締役をしていた京都映画株式会社及びその親会社である松竹映画株式会社の信用ひいては右銀行の信用の維持を企図して行われたものであつて、被告人岡田個人の利益を図つてなされたものではないという趣旨と解されるが、原判決の挙示する証拠を総合すると、原判示のとおり、三井銀行各支店においては、無担保当座貸越をするには、すべて本店に申請してその認可を受けることを必要とし、又当座貸越契約が結ばれていない者に対し当座貸越をすることは許されず、ただ緊急止むを得ない事由があり且つ回収の見込が確実な場合には、特殊の例外として当座貸越をすることが黙認され、しかもこれをしたときは即日本店に無約定当座貸越をしたことを報告しその審査を受けなければならない内規となつていたのに、被告人奥村は右内規に違反し、本店の認可を受けることなく同銀行と当座貸越契約が結ばれていない被告人岡田に対し、原判決別表記載のとおり、昭和三一年七月一一日から同月一三日及び一七日を除き連日無担保のまゝ、同被告人の預金現在高が、その振出の小切手の額面合計額に達せずこれに不足しているのに、右不足額相当の預金が現在するものとして取扱い、右小切手を支払勘定として決済し、いわゆる過振りを行うことにより、同表記載の各金額に相当する当座貸越をし、しかもこれを即日本店に報告せず、かえつてこれを秘匿する帳簿上の工作をし、すなわち任務に背いて右貸越を行つたこと、そして被告人奥村が被告人岡田に対し右貸越をあえてしたのは、所論のような意図による面があつたことは否定できないが、それよりも主として被告人岡田の懇請により同人の株式売買の資金に供するためであることを熟知しながら同人の利益を図るためにしたのであること、及び被告人岡田は、右貸越が同銀行の内規に反することを熟知しながら、被告人奥村に懇請し右貸越を受けたことが認められる。かように主として第三者である被告人岡田の利を図つた以上、従として右銀行のために右貸越をしたとしても、商法第四八六条第一項の第三者の利を図つたことに該当すると解するのを相当とする(最高裁判所昭和二九年一一月五日第二小法廷判決、集第八巻第一一号参照)

次に所論は、被告人岡田は当時松竹映画株式会社を背景とする京都映画株式会社に対する立替債権その他の資産及び信用を有し、充分支払能力があつたし、現に昭和三一年七月一三日当日には預入高が同月一一日及び一二日両日にわたる貸越高を超過し貸越は解消されており、従つて右両日にわたる損害は発生していないのみならず、又これらの事実にかんがみ被告人らは右貸越金の完済が可能であることを確信していたもので、右銀行に損害を加えることを認識していなかつたものということができ、少なくとも被告人岡田は被告人奥村と共謀したことがないことが明らかであるという趣旨に解される。しかし商法第四八六条第一項にいわゆる財産上の損害とは、財産上の価値の減少を指し、そして同条項の罪は、任務違背行為終了と同時に本人に財産上の損害を生ぜしめる関係にあるときは、右任務違背行為終了と同時に成立し、その後において右損害が填補されても、これはすでに生じた損害の賠償に過ぎず、犯人において右損害填補の可能性の存在を信じていたとしても、そのことだけで右任務違背による損害発生に対する認識を欠いていたとすることはできないと解するのを相当とする。(大審院昭和一一年六月一五日判決、刑集一五巻八七一頁参照)前記証拠によると、被告人奥村は原判決別表記載の各日時における前記任務違反行為終了と同時に、前記のとおり無担保のままいわゆる過振りにより右銀行の支払勘定として決済することによつて同銀行に対し同表の当座貸越額に相当する財産上の損害を加えたことになること。

従つて所論昭和三一年七月一三日における被告人岡田の預金高が、同月一一日及び一二日の両日にわたる貸越を超過した事実は右両日の各損害発生を否定する理由とするには足りないこと、被告人らは右損害発生に対する認識を有していたこと、被告人岡田は共謀の責任を免れないことが明らかである。原審は右各背任罪に当る行為が短期間内に連続した単一の意思のもとに接続して行われたものとしてこれらを包括一罪としたのであつて正当と認められ、記録を精査しても、原判決の事実認定及び法令の適用に所論のような誤りはなく、なお被告人奥村の量刑不当の点について記録を調べても、同被告人に対する原審の刑が重すぎるとは考えられない。

以上各所論はいずれも理由がないから、刑事訴訟法第三九六条、第一八一条、第一八二条により主文のとおり判決する。

(裁判官 松村寿伝夫 小川武夫 柳田俊雄)

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